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杉原千畝氏の出生地問題




<参照URL>
 ■杉原千畝|ウィキペディア

 ■千畝氏の出生たどる 戸籍記載の美濃市の寺 四男が訪問|岐阜新聞web


 7月だったと思いますが、CBC放送で杉原千畝氏の出生地問題が夕方のニュースで取り上げられていました。最初にこのニュースに触れた時、私は青天の霹靂のような衝撃を受けました。
 杉原千畝(ちうね)氏についての説明は不用だと思いますので省きますが、私にとって杉原氏は第二次世界大戦を振り返る時、特別に思い入れのある人物の一人でもあるからです。

【杉原氏への尊敬の念は小学時代から】
 当ブログのカテゴリーに、「第二次世界大戦関係」があるのは、勿論、興味があるからなのですが、その興味の大半を占めるのが「あの時代の事を知っておくべきだ」という使命感のような気持ちで、中高生の頃からNHKのドキュメンタリーを観たり、図書館で本を借りたりしていました。
 ですが、杉原氏への興味の発端は、実は小学生の頃愛読していた「科学と学習」なのです。(「学習の友」だったかな……?)
 恐らく、私が小学生だった1980年代前半、杉原氏の功績が見直され、名誉を回復し始めた頃の事だったと思いますが、その雑誌の最初の方に、二色カラーで紹介されていたのを、食い入るように読んだ覚えがあります。
 小学5,6年生の頃だったと思います。まだ第二次世界大戦という時代について殆ど知識がなく、ただ悲惨な事があったというぼんやりとした事しか知らなかった時代です。
 その中での希望のような出来事に私は熱中し、凄い人がこの時代にいたのだと、物凄く深い感銘を受けたのです。
 ただ当時は出生地のことなど気にしていなかったので、その学習雑誌に岐阜県の八百津町出身という記述があったのかどうかは覚えていません。


【大学時代に発表もしました】
 杉原氏への尊敬が更に高まったのは、(ウィキペディアによると)1992年12月18日に放映されたテレビドラマ『命のビザ』(フジテレビ/主演:加藤剛)があまりにも素晴らしかったからです。
 杉原氏の顔写真を覚えていた訳でもなかった私ですが、加藤剛氏は私がイメージする最大限の杉原氏を演じてくれました。あの慈愛に満ちたまなざしや、気高い動作、所作、間合いの取り方や語り方……どれを取ってもうっとりするほど素敵に見え、この素晴らし人を加藤剛氏が演じたという事実に感謝したくらいです。
 ちなみに、このドラマが放映されたのは私が大学一年生の頃でした。
 それから二年ほど経った頃、大学のとあるクラスで自由研究の発表という宿題がありました。
 私は何を思ったのか、杉原氏についてのプレゼンをしようと思い立ち、人物像についてまとめたり、どういう風に発表しようか検討したりしました。
 発表したクラスの人数は二十数人だったと思います。その少ない中で自分の番が回ってきて発表を終えた時、私は特別な事をしたとは全く思っていませんでした。何故ならドラマにもなった有名人で、このクラスの人達も当然知っているだろう、と思っていたからです。
 ところが……三流女子大の悲劇といいましょうか……、そのクラスにいた人達はポカーンと私の発表を聞き、「あれ、何か反応が予想と違うな」と思いつつも、特に何事もなく終了しました。
 授業が終了した後で、顔見知り程度の人たちが寄ってきて私に言いました。「杉原さんのこと、今日初めて知ったよ」「全然知らなかった、いい発表したね」と。
 ……そうです。クラスのほぼ全員が、杉原氏について知らなかったのです……。
 その時、人道的な事をやり、ドラマにまでなった人でも、興味を持たれなければ広まっていかないのだなぁと痛感した出来事でした。


【ドラマ化、映画化を越えて】
 その後、ドキュメンタリー番組などで杉原氏が取り上げられる機会が増え、どんどん一般的に知られる存在になっていきます。近年になって、再ドラマ化、映画化などされました。
 今私が大学生で、同じ発表をしたとしたら、きっと誰も驚かないだろうな、と思います。それは良い事だろうと思います。
 ですが、今になって、冒頭のURLのような問題が出てきました。
 ……
 杉原氏の本当の出生地はどこだ、問題です。

 CBC放映地域に住んでいる私は、7月と9月の二回に渡って、この問題の特集番組を観ました。
 先ほどウィキペディアを確認したところ、そちらは出生地が八百津町ではなく、美濃市に変更されていました。
 公的文書が残っているからウィキペディアに反映されたのだと思います。
 しかし、人道の丘を作り、杉原千畝の里として宣伝してきた八百津町にとっては一大事です。
 私も長い間ずーーーっと、杉原氏は八百津町の生まれだと信じて疑いもしなかったものですから、狐につままれたような気分です。

 八百津町は私の兄が一時期、仕事の関係で関わっていた場所でもあります。(私は行った事ありません)
 兄も何度か人道の丘へは行った事があるようです。
 私もいつか行ってみたいと思っていたのですが……何だかとても複雑な気持ちになってきました。

 美濃市は特に出生地を争うつもりは無さそうな印象ですが、八百津町はそうはいきませんよね……。
 この後、どういう展開を見せるのか、とても気になります。




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NHKドラマ『負けて、勝つ 〜戦後を創った男・吉田茂〜』が面白い

  

<参照URL>
 ★負けて、勝つ 〜戦後を創った男・吉田茂〜 | NHK土曜ドラマスペシャル
 ■負けて、勝つ 〜戦後を創った男・吉田茂〜|ウィキペディア
 ■吉田茂の奮闘と苦悩 NHKドラマ「負けて、勝つ」|MSN産経ニュース
 ■ついに吉田が総理に就任…ドラマ「負けて、勝つ」第2回予告動画と前回のあらすじ−NHK|navicon [ナビコン]

 今、一番力を入れて見ているドラマ(というと表現が変ですが;)が、『負けて、勝つ 〜戦後を創った男・吉田茂〜』です。
 私は、このブログのカテゴリーに「WW2(第二次世界大戦)関係」を入れているくらいですので、やはり、その時代に関する番組には興味を持ちます。だからと言って、むやみやたらに視聴するということは無いですし、特に“ドラマ”となると、まずは内容を確かめて、その時代を掘り下げた内容であるかを確認してからでないと、視聴しません。
 今回のドラマは、私自身が「吉田茂」という人物に、それ程関心が無かったのにも関わらず、強い引力のような魅力に導かれて、初回から視聴しました。
 それは、演じ手――特に、主演である渡辺謙さんの魅力というのが大きかった、という事もありますが、いざ視聴してみると、何とまぁ。豪華な俳優陣が取り揃えられていること……!
 注目したのは、野村萬斎さんが公爵という役柄を演じられていたこと。野村萬斎さんは、「あぐり」に出演された頃から注目していた方であり、言わずもがな狂言界の貴公子でもある方ですから、公爵の品位を醸し出す演技を目にすることは、私にとって、眼福としか言いようが無い事でした。

 それらの役者事情はさておき。
 やはり、ドラマは内容が命です。
 戦後のあの時期に、政界でどういう動きがあったのか。それを、ドラマで見せてくれるというのは、本当に有難い事です。たとえそれが、一方から見た世界であっても。
 私は、吉田茂自身にはそれほど興味を持っていないと書きましたが、実は、第二話にも出てきた、元総理であり、外相であった、「広田弘毅」について綴った小説、『落日燃ゆ』を、読んだことがあり、そこに出てくる「吉田茂」という人物に興味を持った事はあります。
 ドラマ的にはネタバレになってしまうかも知れませんが、広田は、東京裁判で絞首刑を宣告された七人のA級戦犯の一人です。処刑された7人の中で、たった一人の文官でした。
 広田と吉田。
 同じ時代を歩んできた二人が、どうしてこんな運命に分かれたのか。吉田は広田を救う為に、何もしなかったのか。何をしたのか――それを、『落日燃ゆ』を読みながら強く思った事を、ドラマを観ながら思い出しました。

 広田からの視点と、吉田からの視点。
 こうして、点を増やしていけばいくほど、あの時代への興味(“興味”と言う言葉に語弊を感じる気もしますが、言い換えるなら、“知るべきだという強い気持ち”としか言いようがありませんので、興味と表現します)が強くなる。興味が強くなれば知る機会が増え、知る機会が増えれば、あの時代の何かが、少しは分かるような気がする。
 だから、少しでも知ろうとする気持ちを持つ事は、大事だと私は思っています。

 上記に挙げた、城山三郎氏の小説は、長編ながら飽きずに興味深く読む事が出来ました。
 気になる方は、是非お手に取って頂きたいと思います。



 
 
Posted by junk
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ハイビジョン特集「“認罪”〜中国 撫順戦犯管理所の6年〜」

 先日、某県某市の某館で、善意の第三者として申し出た事に対し、冤罪の疑いをかけられまして、えらい目にあいましたので、更新が滞っていました。スミマセン(ーー゛)
 未だに解決しておりませんし、かなり憤っておりますが、今日の所は、私的に心が落ち着く話題を選ぼうと思っています。

 という訳で、選んだテーマがコレです(笑)
 女だてらに、このカテゴリーまで作っておりますが、私にとっては大切な事であり、考えなければならない事であり、学ぶべき事でもあります。季節柄、一度は取り上げたいと思っていましたので、個人的な憤りをクールダウンする為にも、綴ってみたいと思います。


<参照URL>
 ◆BSアーカイブス ハイビジョン特集「“認罪”〜中国 撫順戦犯管理所の6年〜」

 ■家族と側近が語る周恩来「第一章 試練〜新国家を背負って〜」
 ■家族と側近が語る周恩来「第二章 苦渋〜文革の嵐の中で〜」
 ■家族と側近が語る周恩来「第三章 決意〜窮地の外交〜」
 ■家族と側近が語る周恩来「最終章 犠牲〜命尽きるまで〜」

 ◇【ウィキペディア】周恩来

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 ■【夏ナビ】家族と側近が語る周恩来

(「夏ナビ」より引用)
中国現代史の二人の「巨人」、毛沢東と周恩来。大躍進から文化大革命、日中国交正常化に至る“激動の時代”の解明が進む中、人間・毛沢東の実像は次第に明かされてきたが、これに対して、周恩来については、これまで語られることは余りに少なかった。
 「熾烈な権力闘争で幹部のほとんどが失脚する中、生き残って国政を取り仕切った大宰相」としてのイメージが定着する一方、「毛沢東に忠実なあまり、その暴走を止められなかった」との批判もつきまとう。しかし本当のところ、周恩来はどのような人物だったのか? そして、あの激動の時代、どのような状況下に置かれ、心中にどんな思いを抱えていたのか?
 番組では、周恩来の手で養われた実弟の子どもたち6人をはじめ、長年、側近として仕えた秘書や通訳、警備員、専属医など、身近にあった人たちの証言を重ね、さらに未公開映像も交え、激動の時代を生きた周恩来の知られざる素顔や苦悩を、壮大な中国現代史の文脈の中で描く。1949年の建国から、76年の死去、それに続く第1次天安門事件まで、証言をベースに周恩来の実像に迫る4日連続放送のシリーズ。(引用ここまで)

------------

 私にとって、周恩来という方は、特別な中国の大人(たいじん)です。
 周恩来という名前すら知らない人は、恥ずかしいと思った方がいいのではないかと思うくらいに、私にとっては重要な人物です。戦犯として捕らえられた日本兵にとっても、大いなる恩人にあたる方だと言えるでしょう。
 周総理は、日本に留学経験のある知日派であり、欧州留学の経験などから、洗練された外交術を身に着けた政治家であり、世界的視点で物事を捉えられる文化人でした。
 あの穏やかなまなざしと、深い教養と品格に裏付けられた言動を垣間見るだけで、「これが中国の名宰相か……」と舌を巻いてしまいます。大局的見地の深い方で、私にとっては今の所、唯一の尊敬すべき中国人政治家だと言えます。
 この方がどれくらい肝が据わった方かというのは、ウィキペディアの、“入城した蒋介石の北伐軍に弾圧されて捕らえられ、処刑される寸前で脱出した。”“妥協しない決意を固めていた蒋介石に開口一番「お久しぶりです。校長」と呼び掛けた周恩来の物腰と、その熱意の前に暗黙の了解をした”という所からも、窺えるのではないでしょうか。
 周総理の逸話を紐解くだけで、私はいつも鳥肌の立つ思いがします。穏やかで、誠実で、献身的で、栄誉は求めず、民衆の為に働いた――これが本当だと信じられる稀有な人物なのです。

 終戦日の今日、午前中にNHKで放映されていた『BSアーカイブス ハイビジョン特集「“認罪”〜中国 撫順戦犯管理所の6年〜」』という番組でも、周恩来の指示が光っていました。
 日本兵を心から憎み、復讐の為に戦犯施設に派遣されてきた職員に対し、“一人の死者も出してはならない”と厳命し、中国人幹部でさえ毎日は食べられない白米の食事を提供し、週に一度は風呂に入れ、人間としての扱いをさせたのも、周総理の指示があってこそ。(ただし納得いかない中国人職員は、調理を嫌がったり、米をとがずに出したり、足で料理を運んだりしたらしい)
 この番組を観て思った事は、周総理その人がいなければ、日本兵はどんな扱いを受けたことだろう、という事でした。勿論、日本兵に猛省を促す思想教育などは恐ろしいと感じましたし、6年もかけて日本兵に贖罪の気持ちを植え付けた手法には複雑な思いを感じました。また、未だにその際の猛省を肝に銘じて、贖罪と感謝の念を持ったまま生活されている、元日本兵のおじいさん達の素直さ・純粋さを、眩しく感じたりもしました。

 そして周総理は、中国にとっても、居なくてはならない人物だったなぁと思えて仕方がありません。
 下の者が国際的な場で中華思想のスローガンを掲揚しようとすると、即座に「やめなさい。外国でそんな事をしてはいけない」と厳命したりと、血気盛んな(過激とも言える)行動をいつも抑止する働きをしていたように思えます。
 もし周総理があと10年長く生きていらしたら……国のあり方と、日本との関係は、もう少し変わっていたのかも知れないなと、思わずにはいらえません。

 偶然、NHKの番組で、周総理に触れる機会の多い月となりましたが、知るべき事がまだまだ沢山あるんだなぁと思わされることは、私にとって、嬉しいことでもあります。


 ※以下は言及できなかったので本のみ紹介(笑)

【大空のサムライ】

坂井 三郎
講談社
2001-04-19
おすすめ平均:
サムライって憧れます
零戦トップエース、坂井三郎のサムライ魂
買いました
坂井 三郎
光人社
2003-04
おすすめ平均:
「宮本武蔵」に匹敵する名作
感動!
世界に誇る日本の戦闘機 零戦
坂井 三郎
光人社
2003-07
おすすめ平均:
坂井ファンはぜひ一読を
当意即妙の受け答え
坂井 三郎
光人社
2003-04
おすすめ平均:
大空のサムライが遺した成功の秘訣
雑誌「丸」編集部
光人社
2008-06
おすすめ平均:
貴重な写真
空気
もうひとつの「大空のサムライ」
坂井 三郎
大和書房
2007-08
おすすめ平均:
分かりやすく
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youtube「零戦との闘い−アメリカからの証言」

【零戦との闘い−アメリカからの証言 1 of 5 】 ※昭和52年放映番組


 うおぉおおお!!! スゴイ動画見付けた!!!w(゜ロ゜;)w

 これは、昭和52年にNHKで放映されたビデオのようです。
 私はええっと、当時、3歳半くらいでしょうか。

 何というか、零戦(ゼロ戦ではなく、レイ戦というのが本当のようですが)を語るというだけでもスゴイのですが、何よりこれが、昭和52年に放映されたという事実に胸が震えます。
 だって、証言者が今よりずっと多い時代で。この頃は、『大空のサムライ』の作者である坂井氏も壮年の年代で……。
 もうこれだけで、胸がいっぱいになりますよ。
 きっと、坂井氏も観たであろう番組に、時を越えて出会うというのは……。

 上手く言えませんが、歴史の狭間に迷い込んだような、不思議な感覚を覚えました。

 NHKさん。深夜放送で再放送してくれないかなぁ……。(←勝手な要望;;)


【大空のサムライ】

坂井 三郎
講談社
2001-04-19
おすすめ平均:
サムライって憧れます
零戦トップエース、坂井三郎のサムライ魂
買いました
坂井 三郎
光人社
2003-04
おすすめ平均:
「宮本武蔵」に匹敵する名作
感動!
世界に誇る日本の戦闘機 零戦
坂井 三郎
光人社
2003-07
おすすめ平均:
坂井ファンはぜひ一読を
当意即妙の受け答え
坂井 三郎
光人社
2003-04
おすすめ平均:
大空のサムライが遺した成功の秘訣
雑誌「丸」編集部
光人社
2008-06
おすすめ平均:
貴重な写真
空気
もうひとつの「大空のサムライ」
坂井 三郎
大和書房
2007-08
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【海外の反応シリーズ】ちょっと前のにっぽん人−他

【【海外の反応】ちょっと前のにっぽん人】


【ニコニコ動画ver.はコチラ】



 前記事の第二次世界大戦繋がり(←?)で、この動画をチラっと紹介(笑)
 何度も観たことのある動画なので、てっきり紹介済みかと思ったのですが、ブログ内検索しても出てこなかったので取り上げてみました。既出ならスマソです(笑)

 とりあえず、今回はようつべver.を紹介しました。
 ニコ動より表示早いし、画像が綺麗だったので!
 あと、コメント無しで観た方が、精神衛生上良いと思ったので(笑) 

 この動画、NHKで観たことのある映像(タイトル忘れましたが、録画してあるはず!(笑) でも消去済みかも……;;)がふんだんに使われているのですが、花のような笑顔ばかりで、却って切なくなる映像なんですよね。こんな幸せなひとときもあったんだなと思うと……。

 色々、考えさせられる事の多い動画ですので、一度ご覧になって頂けると嬉しいです。

 ちょっと、重い話題を連投してしまったかな?
 では、次回は「ヾ(>▽<)oきゃはははっ!」と笑ってしまった動画を紹介します!(笑)
Posted by junk
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気付いたら、今年は零戦初飛行70年だった。

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 坂井三郎氏の著書『わが零戦の栄光と悲劇』によると、昭和14(1939)年4月1日、岐阜県の各務ヶ原飛行場で零戦の初飛行が行われたとあり、数えてみると、今年で丁度70年に当たります。

 零戦が開発されなければ、日本海軍の目覚ましい活躍は無かったでしょう。
 勿論、坂井三郎氏のような、叩き上げ(下士官・兵曹)の戦闘機乗りがいなかったなら、日本海軍自体が成り立たなかった事でしょう。

 私が坂井氏の本を何冊も取り寄せて読む理由は、坂井氏のたゆまぬ努力が、本の端々に感じられるからです。
 また、海軍兵学校出のエリートとは隔絶された境遇であった坂井氏の、厳しい目を持った文章でなければ、何冊も読む気にはなれなかったと思います。
 坂井氏は、エリートではなく、エースであった人でした。
 権威ばかり重んじる海軍を、著書で手厳しく糾弾し、下士官や兵曹の健気な努力と澄んだ目を、私達に伝える事も、自らに課しているように感じます。

 坂井氏は、折角進学させてもらった東京の中学校を、中退するという不名誉な過去を持っています。
 だからこそ、夢にまで見た飛行機乗りの世界へ辿り着くまで、文字通り血の吐く思いで努力し続け、戦闘機乗りになった後も、命をかけた戦いをし続けた人でした。

 その体験は、あまりにも壮絶で、海軍の裏側は、あまりにも残酷です。
 人の命より、エリートの階級意識を重んじられていた海軍。
 頑迷な上層部。実力のない士官。発言権のない下士官や兵曹……。

 海軍に蔓延していた浅ましい特権階級意識は、著書の中で語られたアイスクリームの一件に、如実に顕れていたと私は思います。

 ひとつしかない命をかけ、第一線で連日のように戦い続ける戦闘機乗り達。
 その乗組員の為に、せめてアイスクリームを作って出してあげたいと上層部が言う。
 その言の通り、真心を込めてアイスクリームを作り、それで少しでも疲れを癒して貰いたいと思っていたある一人の男から、戦後数十年経ってから訊かれた「あのアイスクリームは、食べて貰えたのでしょうか?」の一言……。

 坂井氏はビックリして聞き返す。
 アイスクリームどころか、氷すら口にすることが出来なかったあの時代の事だった。
 ――そう。その嗜好品は、日々数を減らしていく搭乗員の口に入ることは無かった。
 それは、現場で指揮する上層部の者、現場視察に訪れる海軍の幹部の口に入れる為に、何度も作らせた物だったからだ。

 生き残る事の出来た坂井氏は、戦後アイスクリームを口にすることが出来たでしょうが、もしあの時、その真心が届けられたなら、不満を一言も漏らさず、健気に命を捧げた若者達と、ささやかな幸せを共有出来たに違い有りません。
 ただでさえ、下士官と士官は、宿舎も違えば、食事の内容が大幅に違っていたというのに(犬のエサ以下の食糧事情だったとの事)、それでも、極限の集中力を必要とし、消耗しきる神経をすり減らして、毎日を戦い続けた男達……。

 たったひとつの真心が届けられたなら、どんなにか嬉しく思い、志気が上がった事だろう……。
 なのに、幹部達は口を閉ざし、自分達だけで嗜好品を楽しんだ。その浅ましさに、目が眩むほど口惜しい思いを坂井氏は味わったのだと思います。
 自分はいい。せめて、仲間達に食べさせてあげたかった。あの日、あの時、全てを我慢し、全てを投げ出して、空へと散って行った戦友達に……。
 その思いが、短い文章の中にも伝わってきて、こちらが歯噛みするような切なさを感じました。

 特権意識の浅ましさを、最も端的に顕したのが、この件だと思ったので取り上げましたが、この著書には海軍の裏事情が烈々と語られています。

 また、日本海軍の本当のエースとして活躍した坂井氏だからこそ言える文言。
 ――戦機の中に勝機を得る、というのは間違いだ。勝機は得るものではない。そんな生やさしいものではない。それは、実践をしていない者が語る美辞麗句でしかない。“戦機を得て、勝機を勝ち取る”のだ。(趣旨)
 という言葉にも、気迫そのものを感じ、何十年経っても心は青年のように熱い坂井氏の思いの丈を感じるのでした。

 * * * *

 坂井氏の著書を何冊か読んでいると、他の著書で読んだ箇所も幾つか出てくるので、「これは既に読んだエピソードだ」と思うことも多々ありますが、そのエピソードの中にも新たな事実が隠されている事が多く、結局、復習がてら、最後まで読む羽目になります(笑)
 それでも、何冊か手に取ってしまう不思議(笑)
 それは、中学校を失敗した坂井氏の、文章力の凄さでもあると、私は思います。

 何かを背負って文章を書く人は、文字がこちらに迫ってくるような気迫を感じます。
 その勢い、その迫力を、ずっと持ち続けたのが、坂井三郎という人だったのだと、私は思っています。

 たった一冊でも構いません。坂井氏の著書では一番有名な『大空のサムライ』だけでもいいです。
 日本人として、是非知っておきたい事ばかりが詰まっていますので、機会があれば……ではなく、是非とも積極的に、著書を手に取って頂けたら、と思います☆(*゜▽゜)ノ

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『硫黄島いまだ玉砕せず』を読んでます。

上坂 冬子
ワック
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いろいろな角度での硫黄島
戦争から平和へ
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 前回、アメリカ人の著者が書いた、先の大戦にまつわる本を紹介しましたが、今、日本人が書いた著書を読んでいて、「あぁ、そうそう! こうして淡々と事実が綴られる形式の方が、私は落ち着く。こっちの方が好きだ!」と、しみじみ思ってしまいました(笑)
 (断定した言い方で失礼ですが)アメリカ人の文章って大げさで、大雑把で、主観が入りまくりなんだもの。あれって、どっちかというとエッセイに近い気がする(笑)

 私は、自分が知らない事実を沢山知りたくて、第二次世界大戦にまつわる本を読んでいるというのに、“勇敢で賢明な大佐・○○はホニャララ”みたいな、要らない美辞麗句が入ったり、「ソコを掘り下げますか!」という、(私にとっては)どうでもいい事に紙幅を割いたりと、どうも内容の配分(と情報量)が私の性に合わなかったんです。
 まぁ、見聞を広げる為には、外国人による文章も積極的に読むべきなんでしょうが……、どうも食指が動かないというか;;
(関係ないですが、“食指が動く”という表現と、“触手を伸ばす”という言葉は、音が近いだけで全く違うのに、間違われやすいのに笑えますね(笑) 勘違いして、“触手が動く”とか言ったら、ヘンタイ扱いされるに違いない!(笑))

 さて、この『硫黄島いまだ玉砕せず』ですが、まだ読んでいる途中なので、詳細な感想は控えますね。
 ただ、ここに私の知らなかった事実が多く記されている事に、静かな興奮を覚えます。
 例えば、盧溝橋事件(ろこうきょうじけん)の発端について、です。
 内容は本著を読んで頂いた方が良いと思いますので、詳しくは書きませんが、あの時、和智(この本で追っ掛けている人物)が報告した電文が残っていたら……、陸軍の上層部が握りつぶさなければ……、日中戦争はまた違った形となったかも知れないのに。
 そう思うと、歯噛みする思いと共に、歴史の残酷さ、深遠さを感じます。

 また、和智という人は、戦後直ぐに僧となって、硫黄島の日米兵士鎮魂を生涯の使命とした、という事ですが、著者の上坂氏の疑問と、その解釈が面白いなと思いました。
 和智は、鎮魂の為ならと宗派と問わず僧になった訳で、たまたま近くにそれを実現し得る人物がいたので、その宗派で僧になった。だが、僧であるという事実がその後、GHQや極東裁判の判事らに、痛烈な批判を織り交ぜた手紙を送り付ける際に役立ったり、裁判で証人として発言する際に、僧である事を印象づけるような出で立ちで表れたりと、“戦略的”に使ったという視点に、なるほどなぁと思わされました。

 和智という人が、真面目で、語学に堪能で(スペイン語、英語)、詩心(漢詩)に溢れ、行動力の優れた人物であった事は、彼の実績を見ればよく分かります。ですが、きっと融通の利かない人でもあったのだろうと、私は勝手に想像しています(笑)

 本当に、WW2関係の書籍を読むたびに思うのですが……。
 昔の知識人というのは、今の半端な“知識人”と呼ばれる人とは違い、視野が広く、勉学をきちんと修め、更に向上心を持って知識や見識を広げる人ばかりであったなぁと、つくづく感じます。

 何より私が一番注目しているのは、“”の存在です。“詩歌(しいか)”、とも言えるでしょう。
 たとえ学徒兵(がくとへい)であっても、まだ十代であっても、特攻隊として戦地へ赴く前に、辞世(じせい)の句を詠(よ)む者がどれだけ多くいたか……。
 小学校しか出ていない(中学校を中退させられた)、日本海軍零戦の撃墜王・坂井三郎氏も、漢詩を諳(そら)んじて思い出せる一人であったのです。

 日本人の心の深さは、歌にあったと私は思います。
 歌を知る事は、日本語を知る事にも繋がると思います。
 日本語を知る事は、日本人として失ってはならない大切な心や、優雅な振る舞いを、私達に与えてくれるのだと思います。
 何せ、万葉集でも山上憶良(やまのうえのおくら)が、この日本を、「言霊(ことだま)の幸(さきわ)ふ国」(言葉の霊力が幸福をもたらす国。日本のこと<大辞泉より>)と詠んでいるくらいですからね。
  ※日めくり万葉集を参照先に挙げておきます。

 王侯貴族など、一部の知識人しか読むことの出来なかった『源氏物語』が、この国で千年以上も読み継がれたのには、“和歌”があり、それを当然の知識として持っていなければならなかった、日本の特殊な文化がある事を忘れてはいけません。
 というか、武士こそが和歌を詠めなければ恥を掻いた、という事実が、私は大好きですよ(笑)

 この日本で古来から重視されていた事として、武士であれ、貴族であれ、知識層は紫式部の『源氏物語』を当然の知識として持っており、古歌(万葉集など)の歌を踏まえた和歌を自作出来なければなりませんでした。
 和歌と連歌と俳句(俳諧)は、勿論大いなる違いがあるんですが、私もそれ程詳しくないので、説明はしません(笑) が、“和歌”と言われるものが誕生した紫式部より前の時代から、先の大戦の頃まで、日本人には決して欠かせない“知っておくべき知識”として、“歌”が受け継がれてきたんです。

 想像力が貧困になると、人はキレやすい人種を生むものです。
 根無し草のような、不安定で享楽的な人種、とも言えるかも知れません。
 歌と生活とは何の関係もない、のではなく、詩歌を心に縦横無尽に走らせることの出来る人は“豊か”なのだと、国がもっと重要視して考えるべきだと思います。
 私は、今、本当に今すぐにでも、小学校の現場で“歌”を教えるべきだと思っています。
 どうしても国がやってくれないのなら、放課後子ども教室とか話題になっていますので、そういった所で、万葉集や、古今和歌集や、百人一首を、ゲーム感覚で教えるのも手だと思います。 

 これからの日本の文化を作る土台となるのは、日本人が千年以上大切に引き継いできた“文化”に他ならないと私は思います。
 そういうことを、WW2関連の書籍を読むたびに、深く考えさせられます。

 ……。
 途中から、和歌概論?みたいになっちゃいましたが(笑)、日本人の心を深めるのは、日本の文化であり、歌であり、言葉(ことのは)だと声を大にして言いたくなった私でした(笑)

Posted by junk
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ハル A.ドレイク著 『日本の戦後はアメリカにどう伝えられていたのか』−読了

ハル A.ドレイク
PHP研究所
おすすめ平均:
語られなかった物語
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 長いタイトルで、検索に手間取りました(笑)

 さて、図書館へ行って借りてきた本ですが、感想を少し。
 これは、日本在住歴40年(妻は日本人)という、ハル A.ドレイク氏によって、星条旗新聞に掲載された文章を、一冊の本にまとめたものです。ちなみに現在、ハル A.ドレイク氏は、オーストラリア(だったかな?)に在住だそうです。

 この中で、私が最も歓喜に湧いたのは、このブログでも何度か取り上げた、坂井三郎氏へのインタビューの記録が掲載されている事です。
 アメリカに生を受け、第二次世界大戦中は学生だったドレイク氏が、この撃墜王をどのように捉え、紹介したのか。それが私の最大の関心事でした。
 しかし、紙幅の関係もあったでしょうが、特筆すべき事もなく……。と言っても、坂井氏の著作を何冊も読んだ私にとっては、特別に目新しい事実を見付ける事も出来ず、ドレイク氏の主観による文章が並んでいるだけに思えました。
 これは全体的にそう言えることで、この記事の書き方が、日本とはやっぱり違うんだなぁと感じさせられた所以です。筆者の日本及び日本人への思いは、日本に長年住んでいただけあって、親日に近いように思えますが、根本的な考え方は、やはりアメリカ人なんだなぁと強く感じさせられます。

 私はこの本を最初から最後まで全部読みましたが、長年をかけて取材した成果だというのに、心に残る特別な何かといった物を与えられず、ちょっとぼんやりしてしまいました(笑)
 歴史に名を刻む人物だけでなく、無名の人物にスポットライトを当てているのだけれど、どうも、何というか、読んでいてスッキリしないこの感覚。それは、私が外国人が書いた文章(翻訳文)を読む事に長けていないせいもあるでしょうが、特筆すべき何物も浮かんでこないという、奇妙な感覚が残っただけでした。

 翻訳された方も、あとがきで、“筆者と全て同じ意見を有する者ではない”という趣旨の文章を書いていらっしゃいますが、特攻をアメリカ兵が“BAKA(バカ)”と呼び、その呼称をその後の文章でも使用している点に、引っかかりというか、抵抗感を持っているように見受けられました。(ドレイク氏がそう呼んでいる訳ではなく、あくまで歴史的事実として挙げられている、という認識も示されていますが)

 何というか……。
 婦人が日本人で、義父・義母を心から敬愛しているドレイク氏ですから、歴史に埋もれていく第二次世界大戦の記録を、日本側の、それも無名の庶民にスポットを当てた形で、アメリカ人に紹介する、という挑戦は意義ある物に思えます。思えるんですが……、“何か惜しい”という気がしたのは、私が日本人だからでしょうか……(^▽^;)

 とりあえず、スッキリしなかったので、今度は『硫黄島いまだ玉砕せず』という本を読んでいます(笑)

 私は元々、原爆や特攻という歴史的事実に、非常に興味(というと語弊があるので、知るべきだ、という気持ち)を持っていましたが、坂井三郎氏の『大空のサムライ−死闘の果てに悔いなし』を読んでから、それまで全く興味の無かった角度からも、あの時代を見つめることが出来るようになりました。

 第二次世界大戦と一括りに言っても、陸軍であったか、海軍であったか、また、どういった任務に就いていたか、実戦をどれだけ行ったか、第一線で戦ったのか、という色々な要素で、全く見え方が違ってきます。
 また、実際にその戦争を体験し、戦った者でも、年齢や立場によって印象が全く違ったものになるのだと、最近は強く感じるようになりました。

 戦争末期に招集された人達と、坂井氏のように、自ら志願し最下層から実戦を重ねて生き残っていった者とでは、捉え方や考え方、決意や自らの律し方まで違うように思います。

 そういった事をもっと知りたくて、私は、第二次世界大戦の書物を読み漁ります。
 書物は、私を色々な立場に寄り添わせてくれる、本当に有り難い存在です。


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坂井三郎著 『零戦の最期』に“リーダー”の指針を見る

坂井 三郎
講談社
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生き残った私が言わずして誰が言うのか。
生還劇がとりわけすさまじい
戦争から学ぶこと
坂井 三郎
講談社
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 坂井氏著書読破計画、第6弾……かな?(読破書物は下の方でリンク表示してます。)
 今回は、『零戦の最期』です。これも、変わらず面白かった!

【坂井氏と笹井中隊長との絆】

 坂井氏の著書は、過去の経験を掘り下げて書いてありますので、過去の著書と記述が被ることが多く、「あ、この件はすでに4回は読んだ」と思っても、大体が書き下ろしなので、同じ文章では無いんです。
 なので、同じ事柄について書き綴ってあったとしても、新たな記述があったり、新たな回想が垣間見られたりして、飽きる事はありません。……いや、確かに、何度も同じ事について語られると、「余程大切な事なんだな」と思いつつも、「これについて読むの、もう何度目かな……(  ̄_ ̄)」と思ったりしますよ(笑)
 それでも、読み飛ばしません。ちゃんと拝読します。だって新しい記述があったら、知りたいですから。特に、笹井中尉(戦死後、特進して少佐になられたそうですが(泣))についての記述は、読んでいて嬉しくなってしまいます。
 笹井中尉は、坂井氏よりも一つほど年下でしたが、海軍兵学校出の仕官だったため、下士官の坂井氏にとっては、実戦経験の無い上司、という事になります。
 しかも開戦前、年下の若手士官に対して、実戦に堪えうる技術を身に着けて貰う為、古参搭乗員の空戦技術指導を行ったのですが、その指導者として坂井氏が、笹井中尉たちに技術をたたき込んだ訳です。
 上官に対して技術指導を行う事は、言葉遣いや態度に気を遣う為、苦手だったと、何かの著書で読みましたが、笹井中尉は懸命に技術を磨き、エースとして成長しただけでなく、人間性にも優れた指導者となっていった事が、見て取れます。

 坂井氏は、余程笹井中隊長に思い入れがあるようで、その著書に名前が挙がらなかった事は、今までに一度もありません。本当に敬愛していたのだと分かります。自分がガダルカナルで重傷を負い、内地(日本)へ送り返されなければ、決して笹井中隊長を死なせたりはしなかったのに……と、悔しがった事も著書に触れられています。

 でも、よく考えたら、その笹井中隊長との交友期間は、何と一年にも満たなかったんですよね。『零戦の最期』で、改めて語られなければ、気付きもしませんでした。
 いや、そう言われてみればそうなんですが、あまりに親密な関係であった為、とても一年未満だとは思えなかったというか、何というか……。
 笹井中隊長は、終戦の三年前、二十代半ばで生を終えています。他にも命を落とした歴戦の搭乗員は、枚挙に暇がなく、坂井氏の脳裏にはいつも若々しい姿で彼等の勇姿が目に浮かぶのでしょう。その描写は、坂井氏が何歳になっても、若々しく躍動的で、それ故に切なく胸に迫ります。


【リーダーの禁じ手】

 さて、前置きが長すぎましたが……。
 今回の著書では、坂井氏の考える、「リーダーの禁じ手」が列挙されています。
 飛ばし飛ばしで、一部だけ紹介すると、

 1.些細なことでも部下に対して嘘をつくな。
 1.反対意見を述べる者を大事にせよ。
 1.部下、同僚たちの面前で部下を叱るな。
 1.失態をもたらした部下の叱り方にも手順がある。
 1.部下の前で上司、同僚の悪口を言うな。
 1.部下の持ってくる軽い情報も聞き留めよ。
 1.手柄の横取り絶対禁物。
 1.責任から逃げるな。
 1.ポーカーフェイス、これもリーダーの特技だ。
  .
  .
  .

 等々。
 勿論、その理由についての記述も、それぞれに書いてあります。
 軍隊生活だけでなく、今の社会全般にも共通する金言が、連なっています。

 私も、この社会で働いた端くれとして、頷ける箇所が多々ありました。
 この部分だけでも印刷して、前の職場で配りたいくらいです(笑) どの会社でも、取り入れられる事ばかりだと思います。
 自分が何かの肩書きを持っている人なら、是非読んで貰いたいです。
 部下をまとめる立場であれば、尚更、です。
 何せ、たった一つしかない命をかけた戦いの為に、あみ出された方法論ですよ。無駄な事で有るはずがありません。
 命は一つしかないから、最善を尽くす。最善を尽くした上で、更に最善を尽くす。そうでないと、命が幾つあっても足りないのだから……。
 坂井氏の言葉は、本当に真っ直ぐ、胸に迫ってきます。
 机上の空論的な、リーダー論を読むくらいなら、命がけの方法論を学んでみては如何でしょうか。
 勿論、読み応えのある本ですから、私みたいな職探し中の女性でも楽しく読めちゃいますよ。どんな人にもお勧めです。
 生命力の弱った人は、坂井氏の文章を読むと元気が出るんじゃないかな、と思いますよ。(^^)ニコ 


坂井 三郎
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読みやすい
今まで読まなかった後悔
後世に伝えなければいけない偉大なる手記
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大空のサムライを読んだ人へ
一騎当千のエース搭乗員たち
上下巻のまとめ的な存在。
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当意即妙の受け答え
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講談社
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あっという間に読みきってしまった
必ず読むべき一冊
坂井 三郎
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あえて異を唱える
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映画『ミッドウェイ』視聴後、『零戦の真実』を読んでいると…

チャールトン・ヘストン
ユニバーサル・ピクチャーズ・ジャパン
2004-07-07
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翻訳かい??
突っ込みどころ
日本軍も英語で話す違和感。
チャールトン・ヘストン
ユニバーサル・ピクチャーズ・ジャパン
2008-09-11
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再々販に期待しましたが…
チャールトン・ヘストン
ユニバーサル・ピクチャーズ・ジャパン
2006-07-28
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山本五十六 vs ニミッツ提督
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 昨日、BSで放映されていた『ミッドウェイ』という映画を、本当にたまたま視聴しました。
 と言っても、途中から観たに過ぎませんが(そして、そこから録画開始したものの、最後まで観ていませんが;)、私が観た所は、丁度、ミッドウェー海戦のドンパチが始まった所で、魔の五分間の出来事で、戦艦が三隻(加賀、蒼龍、赤城)大破し、難を逃れた飛龍の乗員が、目の前の惨劇に目を剥いている所までを観ました。

 その中で、零戦の活躍らしきものも描かれていましたので、私の興味は専らソコでした。
 米軍戦闘機と、零戦との戦いを観ながら私は、「わぁ、坂井さんに解説をして貰いながら観たかったなぁ〜o(´^`;)o」と思っていました。
 しかし、私も坂井氏の著作を伊達に何冊も読んでいません。
 「ジョン、10時の方向にゼロが迫る!」などという無線通話を、空戦中に行うことは、絶対に不可能であったと、坂井氏は著書で綴っています。(空戦状態に入ると一方通信しか出来ず、みな受信状態になっている為、送受信が不可能。離れた所で観察している機からの受信にも、電光石火の空戦中には限りがある)
 しかも、坂井氏は著書で何度も「(零戦に)電話があればなぁ……」と歯噛みしながら口惜しんでいますから、無線を使って送受信している零戦の様子は滑稽に思え、映画で描かれているような空戦が行われたとは到底思えません。
 それでも、タイムリーな時期に、タイムリーな映像を観たという気持ちが大きく、日本が大敗を喫する所までは観たという訳です。録画したその先は、今夜にでも見ようかな……と思ってますが未定です(笑)
 坂井氏は、ミッドウェー海戦に参加していませんので、興味もそこそこであった、ということもありますが……。

 ところが。
 映画を観た後で、いま読み進めている『零戦の真実』を開いたところ、何と、丁度、山本五十六長官についての記述が始まるではないですか!(゜゜;)エエッ!?
 何というタイミング。恐ろしい……。

 しかも、山本長官が支持し、誰も異を唱える者が出なかったという“戦闘機不要論”なるもののせいで、制空権の元でのみ有効な無用の長物・戦艦大和などが増産され(これは著作にある表現を踏襲しています)、逆に、パイロットや戦闘機の絶対数が全く足りていなかった。それも、開戦時においてをや。

 開戦前の準備段階で、既に、膨大な時間と金を要するパイロット養成と、戦闘機の増産を行って来なかった。戦闘機乗りではない長官が指示する“戦闘機不要論”のせいで。しかも、誰も異を唱えなかった。
 部下である原田実中佐も、それを支持した。(と言うより、提唱した?) 戦闘機乗りであるにも関わらず。
 だが、一機も撃墜したことのなく実戦経験のない原田中佐と、戦艦乗りの山本長官では、戦闘機については耳学問でしかなかった。そのような者が上に立っているのだから、開戦前から戦争の結果は分かっていた。いや、素人でも分かるであろう。

 開戦後、戦闘機の重要性をまざまざと見せつけられても、前言撤回出来るはずもなく、ずるずると来てしまった。
 毎日戦う戦闘機乗り達の疲弊は激しく、一瞬のミスも許されない大空へ散っていく猛者が増え始める。
 終戦が近付くにつれ、パイロットの数をようやく年・二桁に載せるが、未熟な内に激戦地へと送られ、ある年の卒業生は全員戦死という悲惨な結果となってしまう……。

 しかも、山本長官は、不幸にも被弾した中攻隊が、上官からの言いつけ通り、洋上に不時着後、陸地にたどり着いて現地住民に一時保護され、その後日本軍と合流し、原隊に戻った乗務員達を、「捕虜の辱(はずかし)めを受けた」として、“自爆”の命を下している。(山本長官の部下で、自爆論を強行に掲げたある者は、自身が二度も捕虜となったらしい)

 勇敢に戦い、不幸にして被弾した中攻隊は、“捕虜”になった訳ではなく、上官の言いつけ通りに行動し、自力で原隊に還った下士官たちである。
 なのに、上層部は「捕虜になった」と認定し、洋上に不時着した日を「戦死日」にして名前を消し、一応、原隊に置いてやったが、すぐにでも死なせるような無茶な戦わせ方をさせ、それでも歴戦の猛者たちは生き残った。
 そのため、業を煮やした上層部はついに、「自爆させろ」と命じてきた……。

 ――そんな、馬鹿な!

 と、坂井氏は、血の涙を流す。
 そして、この卑劣で愚かな命令を心から憎み、それを暴き、後世に残そうと決めた坂井氏の激烈たる怒りが、七十代にして、この本著の中にほとばしっているのです。(その中攻隊は、坂井氏の仲間であった)


 私は、何となく聞いたことのある“ミッドウェー”という言葉と、“山本五十六”という人物について、これまで、それ程意識した事も無かったですし、大きな興味を抱きもしませんでした。
 が……。
 今となっては、山本五十六という人物は、私の中では「無能」扱いです。
 本当に、呆れるとはこのことですよ。

 ミッドウェー海戦の前に、愛人の芸者に、作戦を記す手紙を送っている所からして、すでに浅はかというか、慢心というか……。(その手紙が、残っているところが凄い(笑)) 

 どんなに大きな戦艦を持っていても、制空権を確保しておかなければ、敵の爆撃隊、中攻隊の餌食となるだけである……。
 零戦で戦ったパイロット達は、文字通り、命を削って戦ったが、万能とは言えない戦闘機の長所を生かして、研究に研究を重ねて戦ったとしても、その絶対数が足りなければ、物資も人も豊かな国には適わない。

 この、簡単な算数の結果ですら、当時の上層部は、自分の意見を曲げることだとして、目を瞑ったのだろうと思うと、坂井氏が嘆いたように、確かに情けないとしか言いようが無いです。
 私が見ているのは、あくまで坂井氏からの視点であり、考え方ではありますが、私は、不遇の下士官の見てきた事、その考えを、おそろかにしたいとは思いません。
 だから、坂井氏の怒りを受けて、それをあの時代を考える材料とすることで、私は、私の中の判断材料を増やしていきたいと思っています。

 やっぱり体験談が、一番胸に迫るものなのだなぁと思います。


坂井 三郎
講談社
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あえて異を唱える
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